【年金】国産旅客機(MRJ)初飛行と年金記録

【年金】国産旅客機(MRJ)初飛行と年金記録

2015.11.11
国産初のジェット旅客機MRJ(ミツビシ・リージョナル・ジェット)が11日午前、初飛行を果たした。開発を担う三菱航空機が、愛知県営名古屋空港(同県豊山町)で最初の飛行試験に成功した。国産旅客機の開発は、1962年に初飛行したプロペラ機YS11以来、半世紀ぶり。欧米の下請けに専念してきた日本の航空産業にとって節目となる。

飛行試験は、自衛隊機など3機を伴って1時間半。名古屋空港と遠州灘上の自衛隊の訓練空域を往復し、上昇や下降、左右への旋回といった基本的な性能を確認した。三菱航空機の親会社、三菱重工業の大宮英明会長は「初日としては大成功」と話した。

2008年の開発本格化から7年半でたどり着いた初飛行は、設計変更や部品調達の遅れなどで当初予定から4年以上遅れた。今後の飛行試験は主に米国で重ね、課題の洗い出しと改善を進める。航空会社への納入は17年春に始める計画だ。

燃費のよさと客室の快適さが特徴で、現時点の受注は全日本空輸を含む日米など6社から合計で約400機。その6倍にあたる2500機をめざす。

この日飛んだMRJは約90席の機種で、別に約70席のタイプもつくる計画だ。「リージョナルジェット」と呼ばれる小型ジェット旅客機の需要は、今後20年間に世界で約5千機にのぼると見込んでおり、その半分を占める目標だ。

MRJの開発には、日本の航空産業を自動車産業などと並ぶものづくりの柱の一つにしたい、という官民の狙いがある

現在、3千億円近くにのぼる開発費用は、一部を政府が負担。開発主体の三菱航空機には、三菱重工業だけでなく、トヨタ自動車や政府系の日本政策投資銀行も出資している。

国産旅客機の開発はプロペラ機のYS11以来。政府が旗を振り、三菱重工などが関わったYS11は売れ行きが悪く、初飛行からわずか11年後の1973年に生産終了に追い込まれた。日本の航空産業は、米ボーイングへの部品供給や自衛隊機の生産に特化してきた。
※2015/11/11 朝日新聞デジタル
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愛知県で戦前戦後の年金調査をしていますと、ときどき「○○飛行機で勤務」といった話を耳にします。

本日、名古屋空港で飛行機が飛び立ったのには、理由があります。

昔の地図を見ますと、名古屋地区で飛行機をたくさん作っていたことがわかります。

実は日本の航空機産業の歴史は古く、戦前には「零戦」などの軍用機が開発・製造され、100万人規模の雇用の受け皿ともなっていました。

しかし、敗戦により連合国軍総司令部(GHQ)によって生産が禁止され、航空関係の技術者は自動車や鉄道などへの転身を余儀なくされ、伝承が途切れることとなりました。

年金の仕事を始めたばかりの頃は、「○○飛行機で勤務」といわれてもピンときませんでしたが、将来は航空産業で、厚生年金被保険者が沢山生まれることになるといいですね。

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